Kent's eye

引き算の美学

最適化、効率化、タイパ。便利な言葉が増えるほど、なぜか迷うことも増えている気がする。

情報はいつでも手に入る。選択肢は整理されているはずなのに、何かを選んだ後もどこか手触りがない。「正解」に近づいているはずなのに、すっきりしない。モノも情報もあふれているのに、何かが腑に落ちないまま毎日が過ぎていく。そういう違和感が、じわじわと当たり前になっていないだろうか。

KAORUのデザイナーは、京都を拠点に作り続けることを選んでいる。

枯山水は、石と砂だけで宇宙を表現する。茶室は、削ぎ落とすほどに空気が研ぎ澄まされる。「何を足すか」ではなく「何を残すか」。その問いの立て方が、この街には長い時間をかけて根づいている。

写真にあるアジサイのジュエリーは、花びらを一枚一枚、職人が手で取り付けていく。均一ではない。揃いすぎていない。あえて磨きすぎない部分を残すことで、光は柔らかくなり、余白が生まれる。その余白の中に、着けた人自身が滲み出てくる。

伝統工芸でもなく、美術品でもない。情報過多の時代に、引き算で問い返し続けること。それがKAORUの、変わらない姿勢だと思っている。


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